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8月8日の天皇陛下のお言葉を受けて。生前退位ではなくて譲位ではないの?

   

先日8月8日の天皇陛下のお言葉を拝聴いたしました。
各メディアは「生前退位」の意向と報道しました。

天皇陛下のメッセージの中には退位に関して直接触れたものではありませんでしたが
内容をよく考えると退位を望まれていることがわかります。

話は昭和天皇の時代にさかのぼります。
昭和64年に今の天皇陛下の前の昭和天皇が体調を崩されて、崩御されたわけです。
そのとき私は中学生でした。

社会のことはよくわかりませんでしたが、日本全体が自粛ムードになって異常な雰囲気になったことは覚えています。

最近では東日本大震災があったときに自粛ムードになりましたね。
それが全国的に広がっていた感じです。

もちろん派手なお祭りなどは「自粛」でやらなったり、派手はCMも「自粛」でやらなくなりました。

今でも一番よく覚えているのが昭和天皇が体調を崩されたころの日産セフィーロのCMです。
日産セフィーロに乗った井上陽水が窓を開けて
「みなさんお元気ですか」
と言ったのですが、これが自粛ムードにふさわしくないされて世間から猛反対!
昭和天皇陛下のご容態に配慮し音声が消されたりしました。

今の天皇陛下はご自分も80歳を過ぎてご高齢で、体調を崩したときに昭和天皇のときのように社会が停滞することを懸念されているようです。
そのためご自分が健康なうちに天皇の位を渡したいとお考えなのですね。

さて話は現代に戻ります。
今回の天皇陛下のお言葉を受けて、各マスコミが報じた「生前退位」って言葉はどこから出た言葉でしょうか?
どのマスコミも同じ生前退位って言葉を使っています。
でもなんかしっくりと来ないと思っているのは私だけ???

話はちょっと変わって私のことですが
私はテレビで放映されている韓国歴史ドラマ(時代劇)が好きです。
歴史ドラマなので王と両班といわれる貴族の政治の取引なんかが見ものなんです。

そこで見てると王が生前に世子(セジャ)に国を任すシーンなんかもあります。
このときには「生前退位」という字幕は入らず、「譲位」という言葉を使っています。
反対に王があまりにも無能だったり、政治的に弱かったりすると臣下が「譲位を迫る」という場面もあります。

こういうことを踏まえて、この度の天皇陛下の言葉を受けての各メディアの反応を考えてみます。
使う言葉は生前退位ではなくて「譲位の意向」という言葉のほうがふさわしいのではないでしょうか?

生前退位というのは、どこが上から目線というか・・・
天皇陛下が天皇という位から「退く(しりぞく)」、身を引く、やめる、放り投げるという意味に感じられて、なぜかしっくりきません。

譲位だったら、「譲る(ゆずる)」ですから皇太子殿下に天皇という位を譲るですからしっくりと来る感じがします。
私は今の天皇陛下が大好きですし、皇室のこともご尊敬申し上げています。

各メディアもご皇室に関することは気を使って書かれているのだということはわかっています。
ただ一国民の私が違和感を感じているのですから、ほかにも違和感を感じている人もいるのではないでしょうか?

各メディアもこの度の報道について考えなおす機会があればいいのではないかと思います。
ご皇室のことをご尊敬申し上げている一国民として一言申し上げたくブログに記載しました。

全部はこちら

象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉(全文)
戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。
私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
国民の理解を得られることを、切に願っています。

 - 天皇国日本